嫌いを拾うってどういうこと? ②

私は別に自意識から完全に解放されたわけじゃないので、

こうやってブログとか書き始めると思考も増えますし、

自意識が大きくなって、なんか色んなものが出てくるんですよね。

 

facebookの「いいね!」の数が気になって、

変に色んなこと勉強してるもんだから、

「そんなん気にしたら、めっちゃ私おるやん!」とか思って、

うぅ〜っとなったり(笑)

完全にひとりコントですね。

 

そんなこんなで、心や体が、「痛い、痛い、痛い!」って。

否定的なピリピリした感覚がいっぱい出てきたりします。

 

何かを終えたと思っても、こういうのがまたいくらでも出てくるんだなぁと思う反面、

気づきたくないことが出てくるのが喜ばしかったりもします。

奥深く息をひそめてたものが、蒸発していくような。

痛みや感情も、とにかくなんでも、やって来ては過ぎ去っていきますね。

そして、なんだ、私があっても別にいいのか〜と。

昨今の「私はいない」ブームの到来で、

「私」を感じることを恥のように思っている面があったことに気づきました。

 

自分があってはいけないのではなくて、

現れているものを正直に、素直な目で見ること。

本当は誰かがいるわけではなくて、これは、神と自分との一対一の関係なのだから、

どこまでも自分に誠実であるしかありません。

自分が、目に映る、その誰かや何かをどう見ているのかを、

蓋をせず、批判せず、ただ見ること。

そのうち、関係も無くなっていくのかもしれませんが。

 

本当は、体である自分が考えているわけではないですしね。

空間に、ただいろんな思考や映像や体や感情が現れて消えていく。

でもその空間そのものが何か、自分、心という感覚があります。

こだわっているパターン、解釈を通して世界を見て、一喜一憂しているような。

 

さて、これを書くのはなかなか勇気がいるのですが、

私の「嫌いを拾ってみたらこうなりましたストーリー」を書いてみたいと思っているんですね。

 

宇宙には、罪や善悪があるわけではないこと、

その個性にとって、どうも完了していくテーマがあること、

起きてくることが、どれほど最善かということなどを、

書けたらいいなぁと思っています。

 

私たちは夢を、絶対的な現実だと思って見ている。

それを掴んでコントロールしようとすると大変ですが、

否定せず注意深く見れば、その夢は自分が何を信じているかを教えてくれる友達になります。

 

細部に渡って、思い通りの城を築くことはできないかもしれないけど、

夢を使って、重荷を降ろしていくことは可能です。

 

と、横道に逸れて長くなってしまいましたので、

続きは次回にします〜。

引っ張りますね(笑)

 

この投稿へのコメント

  1. 白い空 said on 2017年7月28日 at 11:02 AM

    りんごちゃん、おはようございます。心を覗いていくと、思い通りにならないとイライラする自分や先に対して考える時はほとんど良いイメージができていないこと、怒りは私を傷つけないでほしいという自己防衛なのかも、と発見がありました。
    気づくと楽になるなあとこれも書きながらの発見です。
    見えている世界は私を傷つけることはできないという思いもぽっかり浮かんでいます。
    起きてくることに心配やら先に対する不安を付け加えないで、これでいいのだ、とつぶやいています。
    それにしてもりんごちゃんはりんごちゃんて感じですよね。今日もにこにこの一日を。

    • りんご said on 2017年7月28日 at 2:13 PM

      白い空さん、こんにちは。
      ほんと、気づくと終わってしまいますよね。
      「見えている世界は私を傷つけることはできない」、まさに、まさに!
      その映像を見ているのは誰か?ですよね。

      今読んでる本にね、痛快な事が書いてありました。
      「罪悪感の無い心に、苦しみはない」って。
      最近、つくづく罪の意識など持つ必要ないって、それを見破っていくために現実という幻想を見ているような気がしています。

      りんごちゃんはりんごちゃんていう感じ、あはは(笑)
      まだまだ、青りんごになったり赤りんごになったりしています〜。
      白い空さんも、どうぞ素敵な一日を^ ^

  2. 東京日和 said on 2017年7月24日 at 11:48 PM

    りんごちゃん、こんばんは。
    暑い毎日ですが、京都の夏の暑さは別格なので溶けかけてないかと心配です。

    「目の前の人がどこまでも幸せでありますように」の呪文で、外側に向けた壁があっさりなくなって
    きた私ではありますが、自分に向けて壁がある感じで。
    そしたらですね、自分に向けての呪文というのを見つけました。
    それは「愛してます、ありがとう、うれしい、たのしい、幸せ、ついてる、感謝します、許します」
    というかなりハードル高いやつです(笑)
    斎藤一人さんが言われてたのですが、人間にはアメーバだった頃からの膨大な記憶があってそれが
    つねに湧いてきてしまうから、車のワイパーで汚れをとるようにこの言葉を唱えて不要な記憶を
    払いなさい、そうすると真我から遮るものがなくなるというお話でした。

    頭の中で考え事をする代わりに、この言葉を淡々と繰り返していると余計な考えが浮かばなくなり
    1週間ほどたった今、本当にちょっと楽しくなってきました。
    肯定的な言葉をいいながら怒れないのと同じことかもしれないですが、言霊ってあるのでしょうね。
    とても単純なことですが、昔同じことを聞いた時全然受け入れられなかったから受け入れる準備が
    必要だったのかもと思うとこれも完璧なことだなと思えます。

    • りんご said on 2017年7月25日 at 2:37 PM

      東京日和さん、こんにちは。
      おかげさまで、8割がた溶けてたところです(笑)

      斎藤一人さんのその呪文、私も聞いたことあります ^ ^
      天国言葉、ですよね?
      否定的な観念が、肯定的な観念に変わっていくの、ほんとに大切だと思います。
      結局、罪悪感ですよねぇ。
      無意識に骨の髄まで染み込んでるんですって、ひゃ〜。
      そんな持ってる必要のない罪悪感が解放されていくのに、言霊って確かに力がある感じがしますよね。

      同じメッセージでも、こちらのタイミングで全然違って聞こえるのは、これまた神秘ですよね。
      私もいいこと教えていただきました。
      つぶやいてみまーす!

  3. said on 2017年7月22日 at 9:08 AM

    りんごちゃん。おはようございます。

    私は、出来ない、嫌われる、無視されるなど、色々自分に許可してなかったから、
    それらがやって来ると敵視して避けようと、もがいて逆に苦しくなってたみたいです。

    りんごちゃんの旦那さんの言う「皆どれだけ自分に期待してるんだ」みたいですよね。
    どんだけ条件つけてハードル上げてんだか^^;

    お金があってもなくても、幸せでもなくても、
    愛されてもなくても、どちらでもなんでも良いって、究極の自由ですよね。
    これだけで気持ちの解放ですね。

    これがなきゃ幸せじゃないって執着するのは、コントロールの出来ない夢を、
    ハッピーエンドじゃなきゃ見ないって、寝るのを拒否してるような不自由さが^^;

    またすぐストーリーに飲み込まれ、もがき苦しむだろうけど、
    笑いながらそんな自分を可愛く見守っていきたいです。

    りんごちゃん、ありがとう。

    • りんご said on 2017年7月22日 at 10:47 PM

      桜さん、こんばんは。

      おっしゃる通りですよね。
      避けると余計に苦しくなる。
      何者でもないって、どれほど自由か。

      避けちゃったら避けちゃったで、またしょうがないですけどね。

      こちらこそ、シェアしていただいて、ありがとうございました!

  4. said on 2017年7月21日 at 7:24 PM

    りんごちゃん
    お返事ありがとございます。

    あれから想念を眺めています。
    想念と共に体がキュ〜っと締め付けられるのが苦しくて、
    それらを感じても治らず。そのキュ〜感覚が嫌みたいです。

    書き出しもして、自分がいかに色んな事に縛られてるか分かりました。
    理想とかけ離れたダメダメな自分を認めたくないんですね。
    その理想すらも自分基準の思い込みなのに。

    少し軽くなって勇気出して心開いて人と接すると、
    話し過ぎたかな…ってまた不安になって、
    この悩み好き、自分ながら笑えます(苦笑)

    • りんご said on 2017年7月21日 at 10:37 PM

      桜さん、こんばんは。

      そうですよね!
      キュ〜っが嫌なんですよね。
      とても共感します。

      それだけ観察できておられたら、全然大丈夫じゃないですか〜。
      あはは(笑)悩み好き!
      ほんとに習慣ですよね。
      私も、どうしてもクヨクヨしてたいんやなぁと、我ながら苦笑するときあります!

      とにかく、桜さんに一切、なんの罪もないんですよ。
      起きるべくして、起きることが起きて、終わっていきます。
      なんでも過ぎていくんですよね。

      「ダメでもいい」って自分に声をかけてみると、ハートがどんな感覚になりますかね?
      実際、ダメでも本当にいいんだから ^ ^

  5. said on 2017年7月20日 at 3:39 PM

    りんごちゃん。こんにちは。
    いつもブログに助けられてます。ありがとうございます。

    被害者意識を変えるように努力してますが、
    自分はダメだの気持ちが、いつも頭の中で渦巻いてます。
    想念で自分が押し潰されてしまいます。

    ネガティブも良いと受け入れるようにしても、苦しくて仕方がないです。
    それらを掴んでる事が、実は徳になるから手放せないといいますが…

    湧いてくる想念や自分の信じてる事を変えるにはどうしたら良いですか?

    • りんご said on 2017年7月20日 at 5:48 PM

      桜さん、こんにちは。

      「私はダメだ」という考えを、しっかり掴んで、じーっと観てみたらどうでしょう?
      じーっと観たら、怖いでしょうか?

      「ネガティブも受け入れなければならない」っていう考えを、今、忘れたら、どんな感じですか?

      想念を変えようとするよりも、まずは想念を眺められたらいいかと思います。
      そう考えてるのは誰か?と。
      湧いてくる想念を紙に書き出して眺めるっていう人もいますね。

      桜さんには、罪も問題も何もないんですよ。
      桜さんがやってしまったことなんてないんです。
      「問題だ」と言っている声が、ただの声だと気づけたらいいかなぁと。

  6. ぼんちゃん said on 2017年7月19日 at 11:16 PM

    次回が待ち遠しい^ ^

    • りんご said on 2017年7月20日 at 1:09 PM

      ぼんちゃん、ありがとうございます〜 ^ ^

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