お金と仕事に対する錯覚

りんごちゃんは、とにかくお金やら仕事に関して、

宿題しろしろとうるさいオカンみたいにしつこいのですね。

ここに書くことが正しいとかではなくてね、

ひとつの物語として、読んでいただけたらと思います。

その蛇はよく見ると、単なるロープなんですよという、物語です。

 

どれほど多くの子供が、お父さんやお母さんが、

仕事やお金のことで苦しんでいる姿を見てきたことでしょう。

どれほど多くの人間関係が、お金のことで、あっさりと壊れてきたことでしょう。

お金があっても無くても、何かしら人間はそれに囚われて、親から子、世間から個人へと引き継がれる、

お金や仕事に対する思い込みに束縛されていますね。

「お金」と「仕事」は、人間が囚われている大きな要素だと思います。

 

私は若い頃、家庭の事情から風俗嬢になりました。

いろんな複雑な家庭環境で育った女の子と会いました。

彼女たちの話を聞いていると、胸が締め付けられるようでした。

そしてその言葉の背景に、ああ、この子のお父さんやお母さんもすごくしんどいんだな、と、

感じずにはいられませんでした。

それは何か、誰が悪いというわけではなく、目に見えない何かが、

親から子、子から孫へとバトンされているように見えました。

お店で出会うお客さんは、毎日顔を合わせている、最も近い存在であるはずの家族や職場の人には言えない本音を、

本名すら知らない私に、ぽつりぽつりと吐露して帰りました。

 

そうして私は、人間が一番時間を割いている仕事が楽しくなければ、その人は幸せではないと思うようになり、

好きなことを仕事にするというメッセージに惹かれ、

誰かの夢を叶えることを、私の夢にしようとすごく頑張ったりしてね。

なのに全然お金が回らない。

ただただクタクタに疲れ果てる。

それで、過剰に求めていたことを止めて、やるしかないと思うことに身を任せました。

お金がうまく回らないことで、やり残したことを拾っていくしかないポイントに、

まるで連れ出されたみたいでした。

そして先のことを考えずに、今目の前にあることと肯定的に触れ合うと、

意外となんでも楽しかった。

 

避けていたものを拾っていくと、不思議と私の中で統合が起こり、

ひとりの人として、とても調和の取れた今の夫が目の前に現れました。

彼のような人間を見たのは初めてでした。

風体はとても素朴だけど、何事も的を射て、何ひとつ不満を抱かず、何に対しても偏見を持たず、

喧騒や混乱の中でも柳のようにしなやかに、ブラックホールのように深く、なんでもかわして飲み込んでしまう。

夜道を歩けば月がきれいだと見上げ、植物や動物や小さな昆虫まで、

身の周りにある全てによく気づき、穏やかに楽しんでいました。

私は彼を見て、自分がもっと立派になろうと力むあまり、

どれほど今まで、すでにあった豊かさを見落としていたかを初めて知りました。

 

彼は決して元々裕福な育ちではないけれど、自分のお店を楽しそうに切り盛りして、

お金や物とも、本当に豊かに付き合っていました。

それで私は、彼に聞いたんです。

「どうしてそうなったの?それはやりたかった仕事だった?」

そしたら彼は、

「やりたかったというより、目の前のことを受け取っていったら、こうなった」

と言いました。

 

彼に、「あなたにとってお金って何?」と聞くと、

「紙や」と言いました(笑)

「それはあとで、付いてくるもんや」と。

 

私にとって今、お金とは何かと聞かれたら、「空気」です。

 

私には今、避けたい行為も、追いかけたい行為も無くなっています。

必要なことはなんであってもやるでしょうし、

必要ないことをしなければ生きていけないという気負いもありません。

 

嫌がる行為が無かったら、お金は空気です。

振り子の一方が消えれば、もう一方も消えてしまいます。

好きも嫌いも、執着です。

執着にとらわれなければ、何があっても、どこに行っても、まぁなんとかなるわ〜と呑気なものです。

 

「仕事」って、行為そのものです。

それはあなたが見ている世界に対する、肉体を通した布施なのです。

勤めていようが、そうでなかろうが、暮らしにはいろんな仕事がつきまといます。

人は行為から全面的に逃れることはできないし、そうしようとする必要もないように思います。

人間が逃れられない苦しみとして例えられる、生老病死の「生」って、めんどくさいってことですよね(笑)

生きてるって、どうしてもめんどくさいことがいっぱいある。

 

それでも、今、あなたの目の前にやってきたそれに、

「これでいい」と言ってあげられるのは、あなたしかいません。

今、目の前のことだけを見れば、どんな行為も、本当は等しい。

足元に対して、どんな態度かだけが、豊かさだったり、幸せだったりすると思います。

お金をもらっているからとか、仕事だからとか関係なく、

今とひとつになった、結果を期待しない行為は、透明な愛の通り道です。

それはどれほど、あなた自身を解放するでしょう。

そんな、気づいても気づいても枯れることのない財産が、

あなたの中に眠っている。

 

人生には、嵐のような時期があるかもしれないけど、

逃げずに与えられた体験を深く味わうと、案外早く過ぎ去ったり、

その中にこそ、求めていたものがあったりするように思います。

 

お金、人間関係、健康、etc・・・。

現象はある意味、何かしらバランスを見せてくれます。

 

そして夫の言葉を借りるなら、今に対するその態度がやがて、

「あとで付いてくる」

のではないですかね。

 

 

7/29  喜んで損しようの会 東京開催

 

 

この投稿へのコメント

  1. そらいろ said on 2017年8月18日 at 11:05 PM

    りんごちゃんの動画を見て、りんごちゃんの体験談のところにすごく共感しました。私は複雑な家庭環境ではありませんでしたが、親が必死に働いているのを見ていました。そして、今、自分は専業主婦しています。そのことで働かないことへの罪悪感というものが根強くあって、モヤモヤしていました。経済的に満ち足りていても、なにか空虚な感じ?パートなど自分なりにやってみたりしても、家族の反対etcあり、うまくいきませんでした。りんごちゃんの魔法の言葉を胸にワークしてみようと思います。りんごちゃんという、そよ風のような人を見つけられて、うれしくなりました。ありがとうございます。

    • りんご said on 2017年8月19日 at 12:10 AM

      そらいろさん、こちらこそありがとうございます。
      働かないことや、専業主婦であることへの罪悪感、出てきますよね〜。
      でも、ほんと、何ひとつできなくても、どんな役割でも、価値は変わりませんもんね。
      一番ダメ出ししてるところ、「これでいい」って認められると、それってもう大転換ですよね ^ ^

  2. ノリリ said on 2017年8月12日 at 8:59 PM

    こんばんわー
    なんというか涙が勝手にとまりません
    素敵だなーと思って。
    ありがとうございます♡

    • りんご said on 2017年8月13日 at 1:14 PM

      ノリリさん、こんにちは。
      こちらこそ、素敵なコメントをありがとうございます ^ ^

  3. 夢子 said on 2017年7月2日 at 7:54 AM

    素晴らしいな〜〜(^^)
    何時も感じます。
    ありがとうございます😊

    • りんご said on 2017年7月2日 at 2:49 PM

      夢子さん、ありがとうございます ^ ^
      そして先日はとってもおいしいお食事と楽しい時間を、ありがとうございました〜!

  4. しん said on 2017年6月28日 at 10:39 PM

    金を貯めても、物を増やしても、行為の代償は必ずあるわけで、いちいち気にする事はないのです。
    コレクション癖のある人間としては、これは声を大にして言いたいw 
    旦那様のような人は探して見つけられる人ではないですよ。お見事。

    • りんご said on 2017年6月28日 at 11:24 PM

      あはは、コレクション癖の代償が色々とあるわけですね(笑)
      人間はみんな、コレクション癖かもしれませんね〜、私も含めて。
      記憶と未来の心配のコレクションで、今という無限のスペースを覆っているのかもですね。
      主人は何か、タオっちゃっているのですね。
      時々マハルシにも匹敵するのではないかと思ってしまいます。

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